雇用主からの素行調査依頼と、見えない「労務リスク」の重さ

この15年間、数えきれないほどの依頼を受けてきたが、その中でも特に考えさせられるのが、今回話すような雇用者からの「素行調査」に関する相談だ。

 

消えた従業員と、雇用者の不安:労務リスクの萌芽

 

先日、一本の電話がかかってきた。相談者は、都内で小さな会社を個人経営しているという人物だった。従業員は1,2名程度。話を聞くと、半年前ほどに採用したばかりの従業員が、最近ぱったりと会社に来なくなったという。

理由を尋ねると、「心労」のようなことを言っているらしい。相談者は、後々、職場でのパワハラが原因でうつ病になったと訴えられ、休業補償や慰謝料を請求される事態を恐れていた。特に、最近は社会全体でメンタルヘルスへの意識が高まっていることもあり、企業側としては非常にデリケートな問題だ。

彼の依頼はこうだった。「本当にうつ病で自宅に引きこもっているのか、それとも会社には嘘をついて、普通に生活をしているのか、調べてほしい」。

このような相談は、探偵事務所にはそれなりにある。いや、むしろ「結構ある」と言ってもいいかもしれない。

特に、従業員の「心労」や「うつ病」を理由とする長期休職が増えている昨今では、企業からの問い合わせは増加傾向にある。

そして、私の長年の経験から言うと、このようなケースで実際に調査をすると、大体が「クロ」だ。

「クロ」というのは、つまり、会社には心身の不不調を訴えていながら、実際には普通に、あるいは悠々自適に生活している、ということだ。ひどいケースだと、会社を休んでいる間に、別の場所でアルバイトをしていたりすることもある。

彼らは、会社の温情や法律の隙間を悪用し、不当に給与を得ようとしている。

もし、こうした証拠が手元にあれば、後に従業員が「うつ病で休職していた」と訴えを起こしたとしても、会社側は具体的な反証を提示できる。裁判で彼らの主張が棄却される可能性は格段に高まる。

 

素行調査の料金:シロとクロの間の「開き」

 

電話相談だったので、私は概算で調査料金を伝えることにした。

この種の素行調査、特にメンタルヘルスを理由とする休職者のケースで最も難しいのは、「シロ」だった場合と「クロ」だった場合の調査料金の開きだ。

例えば、対象者が「クロ」だった場合、つまり仮病で会社を休んでいて、実際には外出したり、遊びに行ったり、場合によっては他の場所で働いたりしているケースであれば、対象者が動く頻度が高い。

当然、その「元気な姿」や「遊びに出かける姿」を写真や動画に収めることができる。調査対象者が動けば動くほど、証拠は短期間で集まりやすい。この場合であれば、概ね30万円前後で調査が収まる可能性もある。労力も最小限で済み、効率的に証拠を得られる。

しかし、もし対象者が本当に「シロ」だった場合、つまり本当にうつ病で自宅に引きこもっていた場合は、話は全く変わってくる。

彼らは文字通り、一日の大半を自宅で過ごし、ほとんど外出しない。

それでも「本当に引きこもっている」という事実を証明するためには、やはり張り込みが必要になる。1週間、毎日12時間張り込み続けたとすると、調査費用は軽く100万円前後に跳ね上がる。

対象者が全く動かないからこそ、その「動かない」という事実を積み重ねていく必要があるのだ。これは、探偵としても非常に精神的に消耗する調査であり、費用もかさむ。

私は、上記の状況を相談者に詳しく説明し、「調査をしてみないと何とも言えませんが、最低でも30万円、もし動かないようであれば100万円くらいみていただかないと、確実な証拠は難しいかもしれません」と伝えた。

労務リスクを考えれば、決して高くない金額だとは思う。

しかし、相談者の返答は冷たいものだった。

「そんなには払えないので、無理だ」

そして、彼は一方的に電話を切ってしまった。

労務裁判でのリスク、特に会社側がどれほど不利な立場に立たされるか、その深刻さを説明したかったのだが、その説明をする間もなく、電話は切られてしまった。彼の不安は理解できるが、目先の金額に囚われて、より大きなリスクを見過ごしてしまっているのが、探偵として歯痒かった。

 

労務裁判の現実:会社が背負う「見えないリスク」の重さ

 

電話で説明できなかった労務裁判の現実について、ここで詳しく記載しておこう。

日本の司法制度において、労務裁判は原則として「労働者保護」が優先される。 これが、企業側が認識しておくべき最も重要な点だ。労働者は、会社側から見て「弱者」と見なされる。そのため、労働者の権利を保護する方向で審理が進められる傾向にある。

さらに、労務裁判の審理は、通常の民事訴訟に比べて審理期間が短い傾向にある。

一般的に、審理は3回程度で終わることが多く、平均審理期間はわずか80日程度とされている。これは、労働者の生活への影響を考慮し、早期解決を図るためだ。この迅速な進行も、会社側にとっては不利に働くことが多い。十分な準備期間がないまま、判断を迫られるからだ。

このような理由から、労働者側の訴えが比較的優先されやすく、あっという間に、休職分の給料と慰謝料が認められてしまうケースが少なくない。

慰謝料の相場は、パワハラや精神疾患を理由とする場合、100万円から200万円の範囲が多い。

しかし、これに加えて、休職中の給料相当額が加算される。もし、「パワハラで精神疾患になり、1年間働けなかった」と従業員に訴えられ、それが認められてしまえば、会社は1年分相当の給料(例えば月30万円であれば360万円)も支払わなければならない。

総合すると、もし従業員に訴えられて会社が敗訴した場合、慰謝料と給料相当額を合わせて、600万円から1000万円くらいは支払わなければならなくなる可能性が高い。これは、特に中小企業にとっては、経営を揺るがしかねない甚大な損失だ。

それを考えれば、30万円から100万円程度の素行調査費用は、はるかに安価な「リスクマネジメント」と捉えることができる。訴訟費用や弁護士費用、そして敗訴した際の多額の賠償金に比べれば、探偵に依頼して「事実」を掴むことは、将来的な損失を防ぐための「保険」**のようなものだと言えるだろう(もちろん、決して安い金額ではないが)。

この労務裁判の仕組みを深く理解している会社、あるいは顧問弁護士がいるようなところは、このような状況に直面すると、迷わずリスクマネジメントとして調査依頼をしてくる。彼らは、目先の費用よりも、将来的に発生しうる巨額の損失を回避することの重要性を知っているのだ。

 

「信頼」の崩壊と未来

 

私自身の経験で言うと、この種の素行調査で「シロ」だったことは、一度もない

そもそも、会社側も「あいつ」が本当に精神疾患を訴えているのか、それとも虚偽なのか、疑念を抱いているからこそ、探偵への依頼に繋がる。もし本当に心配していれば、医療機関への受診を勧めたり、休職制度や福利厚生でサポートしたりするはずだ。探偵に調査依頼をする時点で、会社側は既にその従業員に対して不信感を抱いているのだ。そして、その不信感は、大抵の場合、残念ながら的中する。

あの電話の相談者は、その後どうなっただろうか。労務裁判にまで発展していなければいいのだが・・・彼の会社が、もしも高額な賠償金を請求される事態になったとしたら、あの時、私に電話を切らずに話を聞いてくれていればと思わずにはいられない。

探偵の仕事は、真実を暴くことだ。時には、依頼人が知りたくないような、残酷な真実を突きつけることもある。しかし、その真実は、依頼人が今後の人生や経営を判断するための、何よりも確かな「土台」となる。

雇用主と従業員の関係は、信頼の上に成り立っている。しかし、一度その信頼が崩れ始めると、疑心暗鬼が生まれ、最終的には大きな紛争へと発展してしまう。探偵は、その崩れた信頼の真相を探り、企業が直面するかもしれない「見えないリスク」を可視化する役割を担っている。

今回の件は、探偵として、改めて「リスクマネジメント」の重要性と、それを理解してもらうことの難しさを痛感させられた出来事だった。

もし、この記事を読んでいる雇用主の方がいらっしゃれば、どうか頭の片隅に置いておいてほしい。目先の出費を惜しんだばかりに、取り返しのつかない事態に陥るケースは、枚挙にいととまがない。

労務トラブルは、企業にとって避けられないリスクだ。しかし、適切な情報を早期に手に入れることで、そのリスクを最小限に抑えることはできる。それが、探偵の仕事であり、私ができる「正義」なのだ。

 

 

 

 

 

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