探偵稼業に身を置いて15年、数えきれないほどの浮気調査をこなしてきた。その中でも、稀にクライアントから要望されるのが、「浮気現場に突撃したい」というものだ。
ラブホテルから出てきたところ、あるいはデートの最中。
クライアントの心中を察すると、その怒りや悲しみから「今すぐ二人を問い詰めてやりたい」と考えるのは当然だろう。
しかし、私はこの要望に対して、いつも「あまりおすすめはしません」と答える。
なぜなら、これまでの経験上、クライアント主導の「突撃」は、ほとんどが失敗に終わっているからだ。
そして、その失敗は、クライアントが望む結果から最も遠い場所へと、彼らを導いてしまう。
突撃の心理:なぜクライアントは現場へ行きたがるのか?
まず、クライアントがなぜ「突撃」を望むのか、その心理を分析してみよう。
単純な怒りだけではない。そこには、複雑な感情が渦巻いている。
1. 許せない、という感情の爆発
まず、第一に浮気という裏切り行為に対する激しい怒りだ。
探偵に依頼するほどに、配偶者の行動を不審に思い、証拠を探している。その不信感が、決定的な瞬間に達した時、怒りの感情は抑えが効かなくなる。
理性を失い、今すぐ相手を糾弾したいという衝動に駆られるのだ。
2. 関係の修復を望む、切実な思い
そして、もう一つの側面。それは、まだ配偶者への気持ちが残っているという事実だ。
心のどこかで「なぜこんなことをしたのか」「まだ間に合うのではないか」という思いを抱いている。ラブホテルに入る前に突撃したいと考えるのは、まさにこの心理の表れだ。
不貞行為が完了する前に止めれば、まだ関係を修復できるのではないか、という切ない期待があるのだ。
こう考えるクライアントは配偶者に対してまだ好きという気持ちが残っている。
3. 相手に「罪」を認めさせたい欲求
また、突撃することで、相手にその場で浮気の事実を認めさせ、謝罪させたいという欲求もある。
その場で直接、浮気相手と共にいるところを目の当たりにさせれば、言い逃れはできないだろう、と考えるのだ。
これらの感情は、探偵として、痛いほどよく理解できる。しかし、感情が先行する行動は、往々にして最悪の結果を招く。
突撃の罠:交渉の主導権を握るのは、誰か?
では、実際に浮気現場に突撃した場合、何が起こるのか。
クライアントが最も危険な状態に陥るのは、ラブホテルに入る前の突撃だ。
この状況で、交渉に弱い立場に置かれるのは、意外にも浮気をしている配偶者ではない。
クライアント側なのだ。
この原因は、大きく分けて二つある。
原因①:まだ配偶者が好きだという「惚れた弱み」
クライアントが突撃を試みるのは、まだ配偶者への気持ちが残っているからだ。
夫婦関係を完全に破壊する前に、浮気を止めさせたい。
この「惚れた弱み」は、交渉において致命的な弱点となる。
配偶者からの理不尽な言い訳に言い負かされてしまい、そのままあやふやなまま終わることになる。
原因②:状況的な「2対1」という不利な構図
突撃は、基本的にクライアント一人に対して、配偶者と浮気相手の「2人」という構図になる。
交渉事において、相手の人数が多い方が有利に進むのは鉄則だ。
特に、浮気相手は、配偶者と共にクライアントを攻撃したり、言い訳をしたり、時にはその場を逃げようと画策する。
二人が結託すれば、クライアントは孤立し、言い負かされてしまう可能性が非常に高い。
こうなると、その後の展開は、浮気をした配偶者の気持ち次第だ。
・浮気を謝罪するか ・開き直るか
クライアントは、この二択を迫られることになる。謝罪してくれれば、まだいい。しかし、現実は甘くない。
この状況での成功確率は、パッと見は二択なので50%に見えるかもしれない。
しかし、私の経験則から言うと、その確率は20%以下だ。
ほとんどの場合、浮気した配偶者は開き直って終わる。
「食事をしただけだ」「昔の友人だ」「なんでこんなに信用しないんだ」「探偵まで雇ってどういうつもりだ」と、逆にクライアントを責め立てるのだ。
こうなれば、クライアントは謝罪も謝罪の言葉も聞くこともできず、その場でただ揉めるだけで終わってしまう。
そして、浮気相手は、その混乱に乗じて姿を消すか、あるいは傍観者として冷めた目でその様子を眺めている。
ラブホテルを出た後の「突撃」も、やはり難しい
では、ラブホテルから出てきた直後ならどうだろうか。
この時点であれば、不貞行為の証拠はすでに押さえられている。探偵としても、クライアントが突撃するのを止める理由は薄い。
しかし、これもまた、ただ揉めて終わることがほとんどだ。
この状況では、「惚れた弱み」は多少薄れるかもしれない。
しかし、「2対1」という構図は変わらない。
しかも、相手は不貞行為という確固たる事実を突きつけられ、パニック状態になっている。
謝罪よりも、まずは自己防衛が先に来る。
浮気相手は、責任を逃れようと、その場から逃げ出したり、配偶者に責任をなすりつけたりするだろう。
そして、浮気した配偶者も、その場で感情的に反発し、冷静な話し合いは不可能になる。
結局、クライアントが望むような「相手から謝罪や慰謝料の合意」は、突撃ではまず実現しない。
その場で言葉を交わしたところで、法的な効力はない。
結局は、後日、弁護士を介して正式に交渉を進める必要がある。
探偵の役割:「突撃」を止める理由
探偵の仕事は、真実を明らかにし、依頼人に証拠を提供することだ。
そして、その証拠を最大限に活かすためには、感情的な行動を避け、戦略的に進める必要がある。
浮気現場への突撃は、クライアントの感情を一時的に満たすかもしれない。
しかし、それはその後の調査を難航させ、法的な解決を遠ざける結果を招く。
一度突撃して感づかれてしまえば、相手は警戒を強め、二度と会わなくなるかもしれない。
(浮気相手と二度と会わなくなるのはある意味突撃が成功したと言えるかもしれない。)
そうなれば、追加の証拠を集めることが不可能になり、結局、相手に不貞の事実を認めさせるだけの証拠がない、という最悪の状況に陥る。
だからこそ、私たちは、クライアントに「突撃」を思いとどまらせる必要があるのだ。
感情を冷静に整理する。それが、最終的にクライアントが望む結果を得るための、最も確実な道だと私は信じている。
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